スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 嗅ぎなれた匂いがする。
 消毒液や薬品の香り。
 いつも仕事で嗅いでいるものだ。

「……っう」

 腹に鋭い痛みを覚え、俺は呻き声を上げた。
 白い天井と腕には細い管────点滴を打たれているみたいで、俺はどうやら助かったのだと実感する。

「起きましたか、啓一郎さん」

「さ、ゆき?」

 掠れる声で無理矢理愛しい人の名前を呼んだ。彼女はベッドサイドの椅子に腰掛け、俺が寝ているそばにいてくれたようだった。
 
 ここは病室だった。
 梅本に刺された俺は病院に運び込まれ、治療を受けたらしい。
 俺は状況を理解して紗雪へと顔を向けるが。

「啓一郎さんのバカっ! 医者なのに命を粗末にしないでください! どうして梅本の前に飛び出したりしたんですか。どうして……」

 紗雪は怒っていた。そして同時に泣いていた。
 紗雪の勢いに思わず口をつぐむ。

「もう少しで死んじゃうところだったんですからね。運良く熊沢さんがきてくれたからよかったものの、もし来なくて治療が遅れたりしたら……」

「紗雪……ごめん」

 紗雪の手は震えていた。
 涙を浮かべた愛らしい瞳は真っ赤に腫れている。泣き腫らしたその瞼を見ていると、罪悪感とともに自分が愛されているのだという実感を抱いた。
 それで嬉しくなり、そのことに対してまた罪悪感を抱く。感情がごちゃごちゃとしていたが、顔に出さないよう気をつけた。
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