スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 頭を下げて小さく謝ると、紗雪は「違う……」と言いながら首を横に振った。

「……本当はこんなこと言いたかったんじゃないんです。私は啓一郎さんに守ってくれてありがとうございますって伝えたくて……でも、顔を見たらもう気持ちがぐしゃぐしゃで訳わかんなくなって」

「うん…………分かってるよ、大丈夫。紗雪は俺のこと大好きだもんね」

 反省する様子の紗雪を尻目に俺は茶化すように言う。すると紗雪は鼻を鳴らし、腰に手を当てた。

「もう……啓一郎さんったら調子いいんだから」

「そんなこと……っ痛」
 
 笑った拍子に刺された傷がジクジクと痛みを訴え、俺は思わず眉を顰める。
 紗雪は途端に心配した様子で俺の背中をさすった。
 病室の窓から見える緑一色に茂っているクスノキの葉を眺めていると、少しだけ痛みも落ち着いてくる。

 紗雪は真剣な面持ちで俺の手を握りしめた。そしてそっと病院服を身に纏う俺の背に手を回し、優しく包み込むように抱きしめた。

「啓一郎さんが無事で本当によかった」

「俺も。紗雪に大きな怪我がなくてよかった。…………でも」

 体を離し、紗雪のほっそりとした首元に指先を当てる。治りかけの赤い線をツーっと撫で下ろすと紗雪は身震いしたようだった。

「ここ、傷付けられちゃって……本当にごめんな。せっかくの綺麗な肌だったのに」

「そんなの気にしないでください。これくらいの傷なら跡もなく治りますし、万が一傷が残ったとしてもファンデーションで隠せますから」

 傷口は乾き、すでに塞がっているのは目にわかる。
 けれど仕事で様々な傷を見てきているが、紗雪の体についた傷ほど俺の心に痛みを与えるものはなかった。

 俺は塞がれた切り傷に己の渇いた唇をそっと押し付ける。こうしたところでなんの意味もないが、一種の願掛けのような物だった。

 紗雪の傷が痕を残すことなく治りますようにと。

 口を離すと紗雪はとろりと溶けたような目で俺を見つめていた。その甘すぎる瞳に引き寄せられるように、俺は紗雪の唇を貪った。
 赤くて柔らかくて、そして甘い。
 こんなに美味しい唇を独り占めできるのは俺だけなんだと幸福感に身を浸す。

 そして俺たちは何度も口づけを繰り返した。
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