スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
「紗雪、俺たちもそろそろ旅館に戻ろうか。この辺りは山中だし夜は冷える。暗くなる前に行こう」
「分かりました」
私は啓一郎さんの言葉に従い、施設を出た。
帰り道、啓一郎さんと繋いだ手にぎゅっと強いくらいの力を入れてきたので私は少しだけ驚いた。
行きとは違いあまり会話が乗らず、沈黙が多くなる中歩いた。
そして無事暗くなる前に旅館へと着くとそろそろ夕食の時間に近づいている。
普段に比べて早めではあるが、夕食後はのんびりと温泉に浸かりたい客の要望に応え、この旅館は夕食の時間が早かった。
女将さんに着替えなどのため30分後ほど経ってから部屋に運ぶことをお願いし、客室へと戻る。
すると今まで無口でだった啓一郎さんが口を開く。
「なんか────ごめん」
突然の謝罪に私は驚きを隠せず、まじまじと啓一郎さんの顔を見る。
いつもは堂々と余裕のある啓一郎さんだったが、今は違った。その表情は苦悶に包まれているようで────。
私は先程彼が私にしてくれていたように労りながら頬に手を添える。
「どうしたんですか? 突然」
「……さっきのこと。だいぶ大人げなかったなって」
先程の長谷川くんとの会話についていっているのだろうか。
確かにいつもに比べてどこか纏う雰囲気や口調が異なったが、啓一郎さんがそこまでしょぼくれてしまうほどのものなのかと疑問に思う。
「そうでしたか? たしかにいつもと違って少しだけ雰囲気が違いましたが、私は全然気にならなかったですよ。長谷川くんだって──」
「そうじゃなくて」
頬に添えた私の手に自身の大きな手を重ねて言う。
「……俺、嫉妬したんだ」
「嫉妬、ですか?」
「あの長谷川くんって男が紗雪とペアを組んで踊ってたって聞いて。バレエって結構密着するし……なんか一人で悶々して……あぁっ恥ずかしいな」
頭をかく啓一郎さんの頬に朱がさす。
私は初めて赤面した啓一郎さんの顔を見てびっくりした。
いつも余裕があって大人っぽくて優しい男性。
そんな彼がまるで思春期の男の子のように照れている。
「ふふふっ」
そんな姿を見ていると口から笑い声が出る。
なんだか嬉しかった。
啓一郎さんも自分と同じ人間で、照れたりするんだっとことに。
「笑うなって」
余計に顔を赤らめる啓一郎さんを見て、私の心は温泉のようにぽかぽかとあったまったような気がした。