スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
「うーん、紗雪お姉さん……どこかで聞いたことが……」

「沙彩、その辺で……」

「あっ、分かった! 昔お兄ちゃんとペアで踊ってた人だ!」

 沙彩ちゃんはそばにいる長谷川さんに「そうだよね!」と詰め寄る。
 長谷川さんはなぜか困ったように視線を泳がせていたため、私が代わりに肯定した。すると沙彩ちゃんの瞳が唐突に輝きの感情を帯びる。

「私、紗雪お姉さんにずっと憧れてました! お兄ちゃんとの舞台観たときから! すごく……すっごく綺麗で、私もあんな風に踊れればなって!」

「……っ、沙彩、ちゃん」

 ふいになぜが心苦しさを覚える。
 沙彩ちゃんが喜び、私の踊りを好きだと思ってくれたことは嬉しかった。

 けれども同時に今の私にはその憧れの想いを向けられる資格がないのだ。自由に踊ることの出来る足がない私には。
 それでも、幼い少女が楽しげに笑っているこの場で水を差すようなことは絶対にしたくない。
 そのため感謝の気持ちを伝えようと「ありがとう」の言葉を口にしようとするもの──。

「沙彩。そろそろ病室に戻りなさい」

「えー! もっと紗雪お姉さんのお話聞きたい!」

 頬を膨らませて抗議する沙彩ちゃんを嗜めるように、長谷川さんは首を横に振る。

「興奮しすぎると身体に良くない。それに検査が終わって疲れているのに無理をしちゃだめだ」

「そうよ、沙彩ちゃん。私と一緒に病室に戻りましょ」

 長谷川さんと看護師さんの言葉に口を尖らせた沙彩ちゃんだったが、2人の言葉には逆らえないのか渋々と頷いた。

「俺は少しセンパイ──紗雪さんとお話してくるから……沙彩は大人しく病室で待ってろ」

「うん…………ねえ、紗雪お姉さん! また今度お話したい! ……だめ?」

 純粋な瞳に私は優しく微笑んだ。
 
「もちろん。今度お話しましょうね」

 そういうと沙彩ちゃんは顔を綻ばせて笑い、病院へと連れられていった。
 あとには私と長谷川くんの二人が残った。
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