スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 講師の方と長谷川くんを伴い、練習場に足を踏み入れる。中ではすでに練習が始まっていた。

 皆一様に真剣な面持ちで練習に励んでいる。
 足の先から指の先まで全神経を注ぎ、体を動かしていた。

「はい、次の組。フェッテいくよ。用意して」

 団員は自分の持ち場につき、ピアノの音楽に合わせてくるくると回転する。そして終われば、また次の組。

 どの団員も自分の姿が一番綺麗見えるよう鏡で確認しながらステップを踏む。

 私はそれを見て────愕然とした。
 そして疎外感も抱いた。
 未来に対する希望、少しでも上達したいと努力する気持ち、そしてなによりバレエを心から楽しむ心。

 それをみんな兼ね備えていた。
 けれど今の私にはそれらがない。正確にいえばすべて怪我と共に無くしてしまった。

 今あるバレエに対する感情は空白だった。

 私は踊っていて楽しいと思うことができなくなっていることに気づいたのだ。

 呆然としている間にも練習は終わり、見学もすべて終わる。
 講師方も色々とお話してくれたが、どれも右から左。まったく集中出来なかった。

 そのまま団をあとにし、長谷川くんに誘われるまま喫茶店へ入る。彼はどうやら私の異変に気づいたようだった。

「私、もうバレエできないかも」
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