スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 私が帰宅したのは夕方だった。
 今日の啓一郎さんは早めに帰れるとのことで、家に辿り着いたときにはすでに彼はリビングのソファに座っていた。

 私を見つけるとソファから立ち上がり、こちらへと足を向けてくる。

「おかえり、紗雪」
  
 私は「ただいま」と返した。いつもと同じの挨拶ですら、緊張で声が震えてしまう。

 今日はバレエ団の見学へ行くということを事前に伝えていたため、帰りが遅めだったことについてはなにも指摘されなかった。

 夕食は外に食べに行くと決めていたため、啓一郎さんの装いは部屋着ではなくカジュアルな私服だ。

 まだ外食しに行くまでには時間があったため、家で過ごすことにする。

 今日は少し前に録画予約をしていた面白そうな映画をソファに並んで観ることにした。

 隣には啓一郎さんの肩。

 私はここで彼に好きだと告げようと決めていたが、ここに来て弱気な心が顔を出す。

 録画したアクション映画には全く集中できない私は啓一郎さんはばかり意識している。
 隣でそわそわしていることに気が付いたのか、啓一郎さんは気遣わしげな視線を向けた。

「大丈夫? もしかして映画楽しくなかった?」
 
 違うと首を振り、私は啓一郎さんの服の袖を掴んだ。緊張で手が汗ばみ、心臓は弾けてしまいそうなほど早鐘をうっている。
 それを甘えた素振りだと勘違いしたのか、啓一郎さんは私の手を取り指を絡める。
 
「あっ……手汗が」

「緊張してるの? 可愛いね」

 気にした風もなくより強く握りしめた啓一郎さん。私は恥ずかしいので手汗を拭わせて欲しいと願ったが、彼には却下されてしまった。

 手を繋ぎ、まるで愛し合っている夫婦のような理想の姿に胸が刺すような痛みを訴える。  
 曖昧な言葉で逃げては駄目だ。
 きちんと伝えて自分の心を整理しなければ、私は二度と前に進めない。

 気づかれないように小さく深呼吸をし、私は心にずっと抱き続けてきた思いを告げようと決める。
 あの日、怪我をして傷ついた身体と心を労ってくれた温かい手。
 一緒にリハビリを頑張ろうと励ましてくれた言葉。

 私は気づいたのだ。
 あのとき、私はすでに恋に落ちていたということを。

 引き伸ばし続けてきた『好き』を伝えるため、私は口を開く。

「啓一郎さん、聞いて欲しいことがあります。私……………………啓一郎さんのことが好きです」
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