スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 濡れた指先を見る。
 私はどうやら泣いているらしい。

 それに気づいた私はソファから立ち上がった。次々と溢れ出る涙を見られないよう、啓一郎さんに背を向ける。

 私はそのまま歩き出す。

「待ってくれ! 紗雪っ!」

 後ろで声が聞こえる。
 もう、どうでもよかった。

 私は自宅を出て、足早に歩く。
 とにかくはやくどこか遠くへ行きたかった。
 しばらく歩き続けると、無理して酷使をしているせいか少しずつ足に痛みを感じるようになってきた。

 それでも足よりももっと痛いものがあった。

 心が痛くてたまらなかった。

 心と比例するように涙が溢れて止まらず、思わず道端にしゃがみ込んだ。

 通行人が何事かと視線を寄越してくるが気にならなかった。そうしてしばらく泣き続け、私はようやく理解した。


 ────私は失恋したのだ。


 私の『好き』に対し謝ったということは、啓一郎さんは私のことが『好き』ではなかったのだ。
 私の初めての恋は叶わなかったということ。 よく《初恋は叶わない》というが、あながち間違いではなかったということだろう。

 告白してくれた長谷川くんは本当にすごいと思う。こんな気持ちを味わいながらも私を応援してくれた。

「私も……もっと強ければ……」

 気づけば天候は雨に変わっていた。
 歩く人々は傘を差し、水溜りにネオンが反射している。
 私は濡れるのも気にせずにぼんやりとそれを眺めていた。
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