スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 瑠璃川紗雪が怪我をして病院に運ばれて、すぐに緊急対応が必要だということを救命隊員に渡されたカルテで知った。

 彼女の天使の羽は破られ、その足は地上に降り立った。
 紗雪は怪我に泣き、空へと戻れないこと────二度と今までのように踊ることが出来ないということに絶望している。

 まるで、あの舞台を見る前の俺のような空っぽな瞳に胸が苦しくてたまらなかった。
 どうにかしてあげたい、そう願った。

 俺には昔、妹がいたのだが、その妹に対する気持ちに似たような感情を覚えていた。
 慈しみたい、守ってあげたいと。
 俺は告げる。

『────俺がお手伝いしますよ。あなたが希望を持てるように』
 
 紗雪の希望になれるよう、また舞台で舞踊れるように尽くしたかった。

 だが、このとき俺は気づいてなかった。近づきすぎることで別れが辛くなるということに。

 怪我が治って舞台に戻るということは、羽を失った天使が空へと帰ってしまうことで。
 希望を持った彼女に俺の存在は必要なくなるに違いないのだ。

 天使を地上に留め置くには、何重にも鎖をつけて誰の目にも触れないところに閉じ込めておかなければならない。

 最初は妹に対する兄のような気持ちだと思っていた。
 だが心細い心を隠すようにして取り繕い、微笑みを浮かべる彼女に少しずつ心が奪われていく。

 触れ合う時間が多くなればなるほど、離れがたい気持ちになる。
 退院してギプスも取れ、復帰できればもう二度と会うことは叶わないかもしれないと思うだけで胸が張り裂けそうだった。
 それでも俺のトラウマ────弱い心はなかなか一歩先に踏み出せそうにない。

 こんなにも身を焦がすような恋情を知るとは思わなかった。

 淡白な俺は一生恋や愛なんて知らずに生きていくのだと疑ってなかった。

 そして誰かに愛を伝えることは、全てを乗り越えなければならないということであり、未だ過去の幻影から抜け出せない俺には難しい。 

 まだ時間はある。
 そう思っていた矢先だった。

 紗雪からあの知らせを受けたのは。
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