スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 俺は意を決意し、ベンチから立ち上がり彼女の前に膝を折る。
 まるで愛を希う従者のように。
 今から告げる言葉に似合う1番のシチュエーションで。


『瑠璃川さん──いえ、紗雪さん俺と…………結婚していただけませんか』


 本当は『好きだ』『愛している』と告げてから求婚するものなのだとは分かっていた。
 この言葉が口から出たのは俺の弱さだった。

 どうしても愛の言葉を紡ぐことができない俺は、その弱さを誤魔化すようにして希う。

 俺の言葉に紗雪は驚き、そして戸惑った表情を浮かべた。

『ええと……聞き間違いでなければプロポーズされたような…………』

 おずおずと口を開く紗雪に間違いでないことを伝え、真っ直ぐとその黒い瞳を見つめ返した。
 白磁の頬はいつもに比べて朱が差し、わずかに耳も赤みを帯びている。
 動揺で視線が揺れているのが分かった。
 
『これからのこと、何一つ考えていないんでしょう? それなら俺の妻になってからゆっくり考えればいい。俺はあなたのしたいことであればなんでも応援しますよ。それに、自分で言うのもアレですが俺結構面倒見いい方だと思うし』

 これでもかと言うほど自分の有用性をアピールし、少しでも求婚を受けてもらえる確率をあげたかった。
 たとえこの場で断られたとしても、俺は何度も希うつもりだ。

 ────あなたと共にいたいと。

『──俺はあなたが欲しい。紗雪さんは今、すべてを諦めた顔をしてる。全部諦めて捨てるなら──俺にあなたの人生をくれませんか?』

 あなたが欲しくてたまらないと気持ちを込めて言葉を紡ぐ。

 今の紗雪は目を離した隙にどこかへ消えてしまいそうなほど頼りなかった。
 生きる希望を失い、自暴自棄になっているのが目に見えて伝わる。

 紗雪のことをあまり知らない人間には分からないかもしれない。
 彼女は本心を押し殺すのが上手から。

 けれどここ最近はずっと隣で見てきた俺だからわかった。
 このまま一人にしておくことはできない。
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