スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 少しの間考え込んでいた紗雪はその瞼を震わせる。長いまつ毛が揺れ、黒い瞳が俺を見据えた。

『────はい。私の人生、あなたに全て差し上げます。結婚──お受けします』

 このときの俺は一生分の運を使い果たしたのではないかと思った。
 人生の中で最高の瞬間だった。

 そうして俺たちは夫婦となった。

 紗雪との初めての旅行──新婚旅行は驚くほど充実した時間だった。
 誰かと一緒に過ごすというのがこんなに満たされることなのだと初めて知った。

 俺にとって女性というものは男よりも面倒な存在で、ことあるごとに『恋人になって』だの『一晩でいいから』などと付き纏われて正直うんざりしていたのだ。

 だからこそ割り切れる関係ばかりを選び、それが崩れそうになるのであればすぐに切り捨てた。
 もちろん俺だって傷つけることは本意でないため、初めからその可能性のなさそうな相手を選んでいたのでそうそうなかったのだが。

 だが紗雪と一緒にいると今まで自分に愛を伝えてきた相手に対し罪悪感を覚えた。
 俺を利用しようとしているだけの人間もいただろうが、どれだけ本気なのかなんて気にしたことがなかったために拒否するばかりで。

 口では『気持ちは嬉しい』と言っておきながら、心は寒々としていた自分が恥ずかしく思う。

 好きという気持ちは甘いだけでなく、ときには苦しいことさえあった。

 紗雪は美人であるし、バレエをしているときにも男と密着していたのかと考えるだけでその相手の男に腹が立って仕方がなかった。

 触っていいのは俺だけで、そのまっすぐな瞳に映るのは俺だけでいい。
 何度願ったことだろうか。


 共に過ごす時間が経てば経つほど心の中ではどんどん愛と──そして独占欲が溢れる。

 けれども俺は弱虫で。
 まだ昔のトラウマを乗り越え、自分の気持ちを伝えることができなかった。

 そのせいで俺は紗雪を傷つけた。

 勇気を振り絞り真っ赤な顔で『好き』だと告げてくれた紗雪。
 嬉しい気持ちは大きかったが──それ以上に罪悪感と恐怖を覚えてしまった。
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