スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 それでも、あの日春佳は気力を振り絞り俺に伝えてきた。

『おにい、すきだよ』

 俺は涙が止まらなかった。
 俺も春佳の手を握り、良い兄であろうと優しく微笑む。

『俺も春佳が大好きだよ』


 春佳の表情はほとんど変わらない。
 顔の筋肉すらうまく動かすことが出来なくなっているのだ。それでも春佳は喜んでいると俺には分かった。
 

 そして次の日、いきなり容体が急変し、俺が病院に着く前に春佳は亡くなった。
 確かに病状は最悪ではあるが、症例からまだ死の段階ではないと医者から説明を受けたばかりだったのに。

 最後に春佳と言葉を交わしたのは俺だった。
 そのとき俺は思った。

 ──もしかして春佳は俺に好きだと伝えたことによって思い残すことがなくなったのではないかと。

 俺も大好きだと告げたあの時の瞳。
 恐ろしいほど澄んでおり、迷いのない目だった。

 春佳は大人並みに勘のいい子だった。
 だから知っていたのかもしれない。

 父も母も仕事の合間に治せる医者を探すために四方八方へと行き、休む暇がないほど動き回っていると。
 それによって顔色は常に青ざめ、穏やかだった母は家で泣き喚くことが多くなり、父は無口になった。

 暖かかった家庭がバラバラになりつつあったと。

 病院に着いた俺は春佳の遺体と対面した。
 ふっくらとした頬は痩けており、さらに引っ掻き傷がついている。
 おそらく呼吸が苦しかったせいで、力を振り絞って掻いてしまったのかもしれない。
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