スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 俺はこのままふらりとどこかへ行こうと病院の廊下に出た。そのとき、近くで話し声が聞こえた。

『────ということがあって、これをお父様にお伝えしなければと思いまして……』

『そう、ですか……妻には話せませんね』

 その声は俺の父親と春佳の主治医の話し声だった。
 二人はこっそり影で話しており、母には話せないという言葉に引っかかりを覚え、聞き耳を立てる。
 
 今思えばこのとき話を聞いていなければここまで後悔することはなかったと思う。
 だが、俺は聞いてしまったのだ。

『春佳ちゃんは自分から酸素マスクを外していました。あの子の病状では、すでに呼吸をする筋肉さえ弱ってきているのでそれがなければ────』

 呼吸が止まった。

 春佳は自分から酸素マスクを取った?
 なぜ、一体どうして?

 俺の脳内には疑問が湧き上がる。

『おそらく体調が凄くいい日だったんでしょう。…………誰かが春佳ちゃんのマスクを取った可能性も当初は考えていたのですが、あの病室には鍵がかけられていました。それに、マスクの紐を外すために引っ掻いた傷が頬にあり──』

 地面がまるで崩れていくような感覚だった。
 血の気が引いていく。気持ちが悪くて吐き気を催す。

 呼吸を繰り返し、冷静になろうと努めた俺の脳内にはすでに結論が出ていた。


 どうやら俺の妹は自殺だったらしい。


 ただ一つ分かるのは、最後に春佳と会話したのが俺だったということ。
 そして俺が『大好き』だと告げたとき、瞳の奥には幸福と────そして覚悟があったということだった。

 そう。
 春佳は俺が愛を告げたせいで死んだのだ。 
 自分のせいで家族がバラバラになって行くと追い詰め、覚悟を決めさせてしまった。

 もっと生き汚く足掻いてくれたほうが何倍もよかったのに。  
 自分のことを重荷になっているのだと責め続けていたのだろう。春佳は優しい子だったから。
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