スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 俺は聞いたことを誰にも話さなかった。
 父は周囲の人間には死因を病死であると伝えていたし、母もそれを信じていた。
 精神的に参り始めていた母に伝えるのは酷だからと考えたのか、春佳の覚悟と名誉を守るためだったのか理由はわからない。

 だけれどその秘密は俺の心に今も消えない傷を残し続けている。

 だから俺は紗雪に対し、『好きだ』『愛している』と伝えることができなかった。

 仮に俺が伝えたとして、それによって紗雪が現世に満足して儚くなってしまったら。
 春佳と同じような道を選んでしまったらと思うと何もいうことが出来なかった。
 
 紗雪はどこか春佳に似ている。

 自分の弱さを隠そうとするところや、大好きな物事に対し一途なところ。
  

 紗雪への求婚は弱った心に漬け込んだものだったので、同時に罪悪感もあった。
 自分のことを愛して欲しいという気持ちがなかったかといえば嘘になる。

 だがそれよりも紗雪の近くにいたい、そばにいて欲しいという一方的な気持ちばかりを押し付けていて──。

 
 俺は紗雪が出ていったリビングで一人立ち尽くしていた。

「ごめん、紗雪……弱くて本当にごめん」

 口から漏れるのは謝罪の言葉ばかりだった。
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