スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 バレエ団は立派な設備や環境があったが、こちらはステファニアさん一人でやっている民間のスクールだからなのか設備ははっきりいって精度は高くない。

 けれど小さい頃は私もこんなふうに練習していたなと思い出し、なんだか懐かしい気持ちがした。
 温かな雰囲気にあふれており、これがステファニアさんの作り上げた場所なのかと思うと尊敬に値すると感じた。

 練習を終え、私は以前の見学のような疎外感は全く感じていなかった。

 私はバレエを見ていても辛いと感じなかった。むしろもっと見ていたい、関わっていたいと感じた。

 私はまだバレエが好きなのかもしれない。

 そう思えたのが今日一番の功績だろう。 
  
「どうだった? みんなすごく可愛いでしょ! それに一生懸命で。あんなに楽しく踊ってるのを見ると、それだけでワタシの方が幸せになっちゃう」

「はい! 見ているだけですごく楽しくて……昔を思い出しちゃいました」

 そう言って微笑むと、ステファニアさんも屈託のない顔で微笑む。

 私の心は少しずつ前向きになっている。
 ────啓一郎さんとの問題を除いて。

「それじゃあ次のクラス、中学生のレッスンがあるまで1時間あるから一度母家に戻りましょ」

 私たちは先ほど通った庭を通って戻る。
 けれどその途中、玄関先に見覚えのある車が泊まっているのが見えた。

「……あれって、啓一郎さんの……」

「そうね。……実は昨日も一昨日も毎日来ていたらしいの。ワタシはちょうどいなかったけど、夫に紗雪の旦那が来ても今はまだ会わせないようにしておいてって頼んでおいたから」

 ステファニアさんはにやりと悪戯がバレた子どものように無邪気に微笑んだ。
 彼女の気遣いに「ありがとうございます」と感謝の心を伝える。

 私が啓一郎さんに会いたくないと分かっていたステファニアさんは手を回しておいてくれたのだろう。

「ステファニアさん、私……」

「旦那と話してくる? さっきまでとなんだか顔つき変わったもんね。見学が役立ったなら良かったわ」

 ずっと逃げ続けていては何も変わらない。

 ステファニアさんの過去を聞き、バレエの練習風景を見てようやくそう思えたのだ。

 啓一郎さんに謝られたとき家を飛び出すより、どうして謝ったのかを聞かなければいけなかった。
 謝るならどうして私のことを「かわいい」と言ってくれるのか、結婚をしたのかを問い詰めなければならなかった。

 私は逃げてばかりだった。

 だからこそ、今度は立ち向かわなければいけない。そして前へ進まなければいけない。
< 81 / 141 >

この作品をシェア

pagetop