スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
「いいえ、大丈夫です。ご心配くださりとても嬉しいんですけど……この後友人と約束しているので……」

 嘘だった。どうにかして梅本から離れるためには仕方がない。

「そう。…………それならその友人がいるところまで送ってくよ? 歩きだと大変でしょ? 事故で怪我をした悲劇の元バレリーナの紗雪さん」

 どくり、と心臓が跳ねた。

 どうしてそれを知っているのか。

 冷静に考えて、この人は元々私のことなどすべて知っていたのだと理解する。

 名前を忘れたふりをして聞いてきたこともすべて芝居だったのだ。
 軽薄そうな見た目とは別に、梅本は狡猾な人間なのではないかと恐怖する。

 血の気が引き、顔を青ざめさせながら肩を震わせていると梅本の手が腰に回されるのを感じた。
 避けなければと心では分かっているはずなのに、恐れを感じた私はその場から動けなかった。

「俺の父親って医学会に結構影響力持ってるんだよね。紗雪さん、一緒に来てくれないと……蓮見先生がどうなるか分かってる?」

 身がすくみ、ガクガクと体が震える。
 頭は真っ白になり、気持ち悪さと嫌悪感でどうにかなりそうだった。
 
 それでもどうにかしてこの場を切り抜けなければと焦る。
 だが焦れば焦るほど何も思い付かず、どうすればいいのか分からなかった。

 そんなとき──。

「センパイに触らないでください」

 よく見知った声の主に顔を向ける。
 長谷川くんだった。
< 94 / 141 >

この作品をシェア

pagetop