恋に落ちる音  【短編】
” チャリーン ”

 前を歩いていた人のGパンから、キーホルダーが落ちた。
 それを慌てて拾い上げる。
 落とした本人は素知らぬ顔でスタスタと離れていく。

 ちょっと、気が付かないなんて信じられない!

 落とした本人を見ると、耳にヘッドホンがハマっている。

 もう!

 少しイラッとしながらキーホルダーを落とした彼の元に足早に近付く、でも人混みを泳ぐようにスルスルと歩く彼の元になかなか近付けない。私との距離はドンドン離れて行く。
 なんで私が彼を追いかけないといけないのか?
 なんだか腑に落ちないけど、手の中にあるキーホルダーが無いと家にも入れないかもしれない。そう思うと、なんだか気の毒な気がした。

 ま、待って

 心の中で叫ぶ。
 人混みをかき分け彼に追いつこうと必死で追いかけた。
 手を伸ばせば、彼のリュックサックにもう少しで手がかかりそう。

 「あ、あの、待って! 」

 人ゴミの中で勇気を出して、名前を知らない彼を呼んだ。
 けれど、彼の耳にはヘッドホンがハマっているから私の声は届かない。

 「ああっ、もうっ! 」

 必死で手を伸ばすが、もう少しなのに届かない。

 しびれを切らした私は、足を踏み込み彼の左腕にしがみついた。

「やった、やっと捕まえた」

「うわっ⁉ 」

 私は彼を捕まえた達成感でいっぱいだったが、彼にしてみれば、知らない女にいきなり左腕を捕まれたものだから驚くのは無理もない。

 もしかして、私、やっちゃった?

 彼の腕を捕まえたまま、おそるおそる彼の顔を見上げた。
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