恋に落ちる音  【短編】
「ありがとう。ごめん、俺、急ぐから、それじゃ」
 軽く手を振って、彼は行ってしまった。

 はー。ですよね。
 そう簡単に何かが始まるわけないし、わかってますよ。わかっていましたよ。

 さっきまでドキドキと高鳴っていた胸がギュッと痛み、急に冷えたように寂しくなった。

 ヤバい涙がでそう……。
 こんな、人ゴミの中で泣くわけにはいかない。

 足早に人をかき分けショッピングモール内のトイレを見つけると個室に入った。
 自分では、制御出来ない心の浮き沈みに耐え切れず、涙が溢れ出す。

 名前も知らない人の事を追いかけていただけなのにおかしい。
 彼の事、捕まえた時。スゴイ幸せだった。
 どうしよう。
 もう会えないかもしれないのに……。

 自分でも収拾のつかない感情に胸が詰まり涙が止まらない。

 きっと、彼を追いかけて、彼を捕まえて、彼が笑ったほんの5分ぐらいの時間に恋に落ちだんだ。

 名前も住所も何をしているかも分からない人を好きになっちゃたんだ。

 彼に会わせて、彼の事を教えて、彼に私の事を好きになってもらいたい。

 もしも、神様がいるのならお願いします。
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