ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
「えっ?」

 ……嘘でしょう? まさか、この人がお見合い相手なの!?
 対面に座った男の顔を、不躾に凝視してしまう。良くない態度だとは分かっているが、こんな状況に陥ったらそうなるのもやむを得ないと思うのだ。
 だって、目の前にいるのは間違いなく、私が一夜の過ちを犯した相手だったのだから……!

「レオ・ウォールデンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 相変わらずの美丈夫っぷりを誇る黒髪碧眼の男は、上等なスーツに身を包み、礼儀正しく私たちに挨拶をしてきた。
 日本式に名刺を差し出しながら告げられた名を聞いて、私は戦慄を覚える。
 ……ちょっと待って。私、まさかウォールデン・ホテル・アンド・リゾートの御曹司と寝たの?
 ウォールデンといえば、世界的に名の知れたホテルグループである。私個人としてはパトロンから提供されている宿泊場所として思い入れが深い。
 その取締役社長兼CEOの息子にして、若くして取締役副社長兼COOの役職についている人物こそがレオ・ウォールデンだ。
 普通ならばそんな畑違いの分野の人のことなど知りようもないが、彼については偶然とある有名な音楽ホールを購入したという話が音楽雑誌に載っていたので名前に見覚えがあった。
 つまり、改めて言うまでもないことではあるが、彼は滅多にお目にかかれないほどの有力者なのである。
 ……そんな人が、お見合いを申し込んできたですって?
 予想外の事態にフリーズしていた私は同席してくれていた母に小突かれてようやく我に返り、慌てて頭を下げる。

「一条六花です。こちらこそよろしくお願いいたします」

 言いながら、おずおずと彼の顔を見つめる。さすがは敏腕経営者と言うべきか、彼はにこりと微笑むばかりで心の内は全く読ませない。だからこそ、私はどうしようもなく不安に襲われる。
 ……この人は、なぜあの夜に私の前に現れたの? そして今、どうしてお見合いを持ちかけてきたりしたの?
 私は動揺するあまり、何も言葉が発せなくなってしまった。それを親の前だと話しにくいようだと誤解したらしき母は「あとは当人同士でごゆっくり」と言うや、ぱっと身を翻して席を外してしまう。
 そうなると、本当にあの日以来の二人きりの環境だ。気まずいことこの上ないが、このままではいけないと私は必死に口を開いた。

「あの……」
「あの……」

 だが、彼――レオも同時に何事かを言おうとしたようで、二人ともはっと顔を見合わせて言葉を止めた。

「すみません、六花さんからどうぞ」
「あっ、それでは、えっと……あの日、あなたが起きる前に逃げてしまってごめんなさい。そして、あなたは行為の前に思いとどまるようにと何度も説得してくださったのに、無理に関係を迫ってしまって本当に申し訳ありません。お怒りですよね? それでお見合いという体裁で我が家までお越しになったのでしょうか? だとしたら、私に出来る償いなら何でもします!」

 これまでの私は、初対面の縁もゆかりもない御曹司がお見合いを申し込んできたのだと思ったから戸惑っていた。
 だが、相手がレオだというのなら話は違う。私は彼に怒りを向けられても仕方ない所業を働いており、それを追及しに来たのだと考えれば辻褄が合うと思った。
 だが、勢いよく頭を下げる私に対し彼はふるふると首を振る。

「いえ。怒ってなどいませんし、償いを求めてここまで来たわけでもありません。私はただ純粋に、あなたとお見合いがしたかっただけです」
「じ、純粋に、お見合いを……?」
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