ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
「そうです。引かないで聞いていただければ嬉しいのですが……私はずっとあなたのファンでした。あの日あの場所にいたのは、あなたのコンクール演奏を聞きに行っていたから。バーに入ったのは、何となくあなたに似た人がいるように思われたから。ホテルであなたに後悔しないかと繰り返し尋ねたのは、あなたの意思を尊重したかったから。行為は同意の上になされたものでしたし、二人で過ごした夜は無上の幸福でした。だから、六花さんが私に悪いことをしたなどと思い悩む必要はありません」
どうやら少し考えていた「個人的な好意があったからこそお見合いを持ちかけてきた説」が正解だったらしい。
驚く私に、なおもレオは切実な瞳で訴えかけてくる。
「ここまで来た以上は包み隠さず申し上げます。私はあなたが好きです。ピアニストとしてはもちろん、一人の女性としても。だからこそあの一夜で関係を終わらせたくなくて、ずるい手段だと思いつつもご実家の旅館との提携にかこつけてお見合いを申し入れたのです。あなたが手の届かない存在だと思えばこそ遠くから眺めるファンの一人という立場で満足できていたというのに、あなたの熱を知ってしまったらもう、心があなたを求めて疼いてどうしようもなくて……。もちろん、今のあなたに私への気がないことくらいは重々承知しています。なにせ現状の私は突然現れた謎の男にすぎませんからね。しかし、あなたの心を得る努力はしてみたいのです。そのチャンスだけは、どうか与えて頂けないでしょうか?」
「わ、たし、は……」
「お嫌、ですか?」
少し考えて、私は黙って首を横に振った。驚きはしても、嫌だという気持ちは湧いてこなかったからだ。
どちらかといえば、嬉しいと思う。人生でただの一度もこんな熱烈な告白なんか受けたことがなかったため、上手く反応できずに圧倒されてしまったというのが現状の説明としては一番妥当だろう。
「でしたら、短い間でも構いませんからお付き合いをしてみませんか? 私のことを知っていただいて、それでも合わないと思われたなら潔く身を引きます」
レオは一見堂々とした様子でそう乞うてきた。しかし、ふと見下ろした彼の指先がわずかに震えているのに気付き、私は直感的に理解する。
……ああ、彼は本気なのだ、と。もし断られたらと緊張するほど、本気で私に気持ちを向けてくれているのだ、と。
お見合いの申し入れの時からそうだったが、彼は完全なる強者の地位にありながら決して意見を押し付けてこない。必ず逃げ道を残し、私の意思を尊重してくれる姿勢を強く押し出してきた。
だからだろうか。いきなりのことに戸惑いはしても、拒否感は湧いてこない。合わなければそれまでというのも、私の心を軽くしてくれる。
……それだったら、試しに付き合ってみても良いのではないだろうか?
少し前までの私なら、たとえお試しでも、相手が私にはもったいないほどに凄い人でも、男性とお付き合いをするという気にはならなかっただろう。
生活の全てをピアノに賭けていて、その他のことに目を向ける余裕が精神的にも時間的にもなかったからだ。
しかし、状況は変わってしまった。今の私は思うようにピアノが弾けない。おそらくしばらくは、あるいはかなり長期的に、再起を図るために奮闘する日々を送ることになるはずだ。
必然的に私の人生に生まれることになるピアノなしの時間を、いかに使っていくべきか。その答えとして、恋愛という選択肢は悪くないのではないかと思う。
――この曲は若い恋人たちの熱情を表現しているのに、まるで熟年夫婦よ。もっと瑞々しい煌めきを見せて!
ある日先生に指摘されたそんな言葉が、その時不意に脳裏に蘇った。
恋をしたことのない私は想像を膨らませて経験の無さを補ったが、この機会に実際の感情としての恋愛を知れたならきっとこれからの演奏活動にも役に立つ。
もちろん、本気で好きになれるか、合わずに分かれることになるのか、未来は分からない。だが、どのような結末を迎えたとしても味わった経験は人生の財産となるはずだ。
そんな打算も含め、彼の提案は悪くないと判断した。
「分かりました。ひとまずお試しで良いのなら、よろしくお願いします」
どうやら少し考えていた「個人的な好意があったからこそお見合いを持ちかけてきた説」が正解だったらしい。
驚く私に、なおもレオは切実な瞳で訴えかけてくる。
「ここまで来た以上は包み隠さず申し上げます。私はあなたが好きです。ピアニストとしてはもちろん、一人の女性としても。だからこそあの一夜で関係を終わらせたくなくて、ずるい手段だと思いつつもご実家の旅館との提携にかこつけてお見合いを申し入れたのです。あなたが手の届かない存在だと思えばこそ遠くから眺めるファンの一人という立場で満足できていたというのに、あなたの熱を知ってしまったらもう、心があなたを求めて疼いてどうしようもなくて……。もちろん、今のあなたに私への気がないことくらいは重々承知しています。なにせ現状の私は突然現れた謎の男にすぎませんからね。しかし、あなたの心を得る努力はしてみたいのです。そのチャンスだけは、どうか与えて頂けないでしょうか?」
「わ、たし、は……」
「お嫌、ですか?」
少し考えて、私は黙って首を横に振った。驚きはしても、嫌だという気持ちは湧いてこなかったからだ。
どちらかといえば、嬉しいと思う。人生でただの一度もこんな熱烈な告白なんか受けたことがなかったため、上手く反応できずに圧倒されてしまったというのが現状の説明としては一番妥当だろう。
「でしたら、短い間でも構いませんからお付き合いをしてみませんか? 私のことを知っていただいて、それでも合わないと思われたなら潔く身を引きます」
レオは一見堂々とした様子でそう乞うてきた。しかし、ふと見下ろした彼の指先がわずかに震えているのに気付き、私は直感的に理解する。
……ああ、彼は本気なのだ、と。もし断られたらと緊張するほど、本気で私に気持ちを向けてくれているのだ、と。
お見合いの申し入れの時からそうだったが、彼は完全なる強者の地位にありながら決して意見を押し付けてこない。必ず逃げ道を残し、私の意思を尊重してくれる姿勢を強く押し出してきた。
だからだろうか。いきなりのことに戸惑いはしても、拒否感は湧いてこない。合わなければそれまでというのも、私の心を軽くしてくれる。
……それだったら、試しに付き合ってみても良いのではないだろうか?
少し前までの私なら、たとえお試しでも、相手が私にはもったいないほどに凄い人でも、男性とお付き合いをするという気にはならなかっただろう。
生活の全てをピアノに賭けていて、その他のことに目を向ける余裕が精神的にも時間的にもなかったからだ。
しかし、状況は変わってしまった。今の私は思うようにピアノが弾けない。おそらくしばらくは、あるいはかなり長期的に、再起を図るために奮闘する日々を送ることになるはずだ。
必然的に私の人生に生まれることになるピアノなしの時間を、いかに使っていくべきか。その答えとして、恋愛という選択肢は悪くないのではないかと思う。
――この曲は若い恋人たちの熱情を表現しているのに、まるで熟年夫婦よ。もっと瑞々しい煌めきを見せて!
ある日先生に指摘されたそんな言葉が、その時不意に脳裏に蘇った。
恋をしたことのない私は想像を膨らませて経験の無さを補ったが、この機会に実際の感情としての恋愛を知れたならきっとこれからの演奏活動にも役に立つ。
もちろん、本気で好きになれるか、合わずに分かれることになるのか、未来は分からない。だが、どのような結末を迎えたとしても味わった経験は人生の財産となるはずだ。
そんな打算も含め、彼の提案は悪くないと判断した。
「分かりました。ひとまずお試しで良いのなら、よろしくお願いします」