ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
 私が頷いた瞬間、彼の顔はぱあっと眩しいばかりの笑みに彩られた。心底嬉しそうに、ほっと息を吐き出している。

「ありがとうございます。本当に、本当に嬉しいです」

 ピアニストとしての深みを得るためなどという邪心込みでの受諾が申し訳なくなるほど、あまりにもまっすぐな好意だ。直視が耐えられず、私は思わずふいと視線を逸してしまう。
 だが、彼の口からぽつりとこぼされた言葉に私の意識は引き戻された。

「出来ることならば、このまま日本に、あなたのそばにいたいのですが……。仕事の都合で早めにアメリカに戻らなくてはいけないところが辛いです」

 そうだ、レオは名門ホテルグループの経営に携わる多忙な人だ。
 私とのお見合いのための時間くらいは捻出できたとしてもその後もずっと私のそばにいられるわけではなく、会社の本社があるニューヨークへと戻ることになる。

「……良いかもしれませんね」

 ふと、そんな言葉が口をついた。

「えっ?」
「アメリカ行き、良いかもしれません」

 ぽかんと小さく口を開ける彼に、私は先程よりも自信を持ってそう告げる。
 ここで言う「アメリカ行き」は、彼が帰国することを指すわけではない。そうではなくて――。

「私も同行しても構いませんか?」

 ――私自身がアメリカに行くこと。それを指しての発言なのだった。

「それはもちろん、構わないどころか一緒に行けるならばこの上なく嬉しいことですが……お仕事は大丈夫ですか? 六花さんに無理をさせてしまうことは本意ではありません」

 彼はピアニスト・一条六花の演奏活動への影響を心配してくれているようだ。気にしてもらえるのはありがたいことだが、こと現在に限ってはそんな懸念を持ってもらう必要はない。

「大丈夫です。実は、数ヶ月程度はピアノと距離を置きつつ心身の回復に専念する予定で、どこにいなくてはならないということはないのです」
「それは……」
「ええ。あのコンクールを見ていればお分かりかと思いますが、私、どうやらイップスになってしまったようなので。それで、せっかくならばピアノから離れることになる時間でまだ見たことのない世界を見て知見を広げてみたいと思っていましたが、具体的な予定は決まっていなくて。だから、もしよければあなたと一緒にアメリカに行かせてください」
「それならば、ぜひ一緒に行きましょう! よろしければうちのホテルにお越しください。歓待しますよ!」

 レオはすぐに私の言葉を受け入れてくれたばかりか、宿泊場所の提供までしてくれた。
 ありがたいことだったので、私はその話に一も二もなく飛びつく。

「ぜひお願いします!」
「では、六花さんの飛行機のチケットも手配しておきますね」

 さすがは仕事のできる人と言うべきか、言いながらスマートフォンを操作してどこかへ連絡を取ってくれたようだ。あっという間に私の出国に向けた段取りが決まっていく。
 よく国内外を飛び回っているおかげでパスポートや荷物などの準備も常にしているから、準備時間が短くても十分に出国可能だ。

 ――それから三日後、私はあの悲運のコンクール振りにアメリカの地に降り立ったのだった。
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