ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
 成田空港からファーストクラスで、およそ十三時間の快適な空の旅。
 到着したジョン・F・ケネディ国際空港から、迎えに来ていた運転手付きの高級車に乗り込んでさらに一時間ほど。
 私はこれまでにも何度か利用したことのある、マンハッタンにあるウォールデン系列の高級ホテルへとやってきた。
 しかし、今までと明確に違う点が一つある。

「副社長、ようこそお越しくださいました」

 そう、同行者――レオの存在である。自社の上役を迎えるとあって支配人と思しき男性が車寄せまで出てきており、彼の丁重なエスコートを受けながらロビーへと誘われたのだ。
 レオは彼に何事か用事があるようだったので、私は早々に彼らと別れて部屋で休ませてもらうことにする。
 すぐに来てくれた客室係の女性に導かれ、私はエレベーターを上がったのだけれど――。

「あの、本当にこのフロアで良いのですか?」

 ――不安になり、思わず私は客室係に英語で問いかけていた。
 というのも、案内されたのはどう考えても最上級の客を迎えるために設えられたスイートルームであるように思われたからだ。

「はい。副社長からご予約いただいたのは、こちらのお部屋で間違いございません」

 その返答を聞き、彼に全ての手配を任せたのは失敗だったかしらと、ぴくりと頬がひきつる。
 全体的にシックで落ち着いたデザインの調度であつらえられた部屋は、言うまでもなくとても広く、私一人で使うにはもったいない。ついでに言えば、溢れる高級感にも少し気後れしてしまう。

「そんな……。手配したのは自分なのだからと飛行機のチケット代もホテルの宿泊費も彼は一切受け取ってくれなかったけれど、だからこそこんな高級な部屋に滞在して浪費させてはあまりにも申し訳ないわ……」

 ぽつりと呟きながら立ち竦んでいると、不意に背後で誰かがふっと吐息で笑う音が聞こえた。
 誰だろうかとばっと声のした方向を振り返ると、廊下に笑みを浮かべた見知らぬ金髪碧眼の男が立っていた。

「大丈夫ですよ。兄が勝手にやったことですから、どうかお気になさらずにこの部屋をご利用ください」
「どちら様ですか? いえ、兄とおっしゃいましたか? ということは、レオさんの弟さん? いえ、その前にあなたも日本語を……?」
「ええ。レオの異母弟で、ルイ・ウォールデンと申します。兄の母親は日本人で、私の母親はアメリカと日本のハーフだったので、二人とも日本語や日本文化は親から叩き込まれて育ったんです」

 ルイはにっこりと人好きのする笑みを浮かべ、そんな挨拶をしてきた。
 ……兄弟とはいえ、あまり似ていないのね。
 それがルイを見た私の第一印象である。
 金髪という色味もそうだが、顔立ちもレオよりいっそう西洋人らしい。そして真面目でしっかりした印象のレオに対して、ルイはもっと明るいというか、ノリが軽いような感じがする。
 だからなのだろうか。心理的にも物理的にも慎重に私との距離を測っていた様子のレオとは対照的に、ルイは躊躇なく私へと近づいてきた。

「事情はある程度伺っております。兄とお過ごしになって、これからのことをお決めになると。きっと、弟としては兄を全力で応援すべきなのでしょう。義姉になってくださることを心から願って、静かにお二人を見守るべきなのでしょう。それは十分に分かっているのですが……」

 言いながら、ルイは私の手に何かを握らせてきた。

「でも、どうしても黙っていることは出来ませんでした」
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