ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
「うーん。本人はわだかまりはなさそうなことを言っていたけれど、でもやっぱりルイはレオに対してどこか複雑な思いを抱えていたような気もするなあ……?」

 ルイとの食事の翌日、彼の態度を思い返した私は脳内で疑いの声をあげる。
 冷静に振り返ると何となく言葉の端々からレオを下げようとする意図が感じられた気がするし、一方で本人の自己アピールはしっかりしていたように思ったからだ。
 私をレオに取られたくないと思うあまり、敵を下げて自分を上げる話しぶりになってしまったということなのだろうか。
 彼らのこれまでを知らない私には、その不仲がもともとのものなのか私に起因するものなのかは判断しかねる。
 理由を知るにはもう少し様子を見る必要があるわねと思ったところで、隣から心配そうな声がかかった。

「六花さん、ぼうっとしているようですが大丈夫ですか? もし体調が悪いようなら今からでも引き返しましょうか?」

 ……そうだった。考え込んでいる場合ではなかったわ。
 やっと休みが取れたというレオが「六花さんのやりたいことを一緒にやらせてほしい」と提案してきたため、私たちは連れ立ってメトロポリタン美術館にやってきたところなのだ。
 せっかく彼と一緒にいられる時間なのに、弟とはいえ他人のことを考えているなんて失礼すぎる。
 しっかりと彼に視線を合わせ、私は「すみません」と謝った。

「大丈夫です。この通り、私は元気ですよ。楽しみすぎてぼうっとしていたみたいです」

 自分でも幾分無理のある理論だなあと思いつつ勢いと笑顔で押し切ると、レオは「元気なら良いですが」と眉を下げた。

「でも、もし何かあればすぐに言ってくださいね。六花さんの健康以上に大切なことはありませんので」
「はい、ありがとうございます!」

 そんなやり取りをしている間に入場列が動いてくれて、私たちはゆっくりと展示エリアへと足を踏み入れた。
 今日は新しい作品を発見することではなく気に入っている作品をレオにも見てもらうことを主目的にしようと思っていたので、順路に沿って有名な絵をいくつか鑑賞した後はお目当ての一枚を目指して動いていく。

「絵画は詳しくないので個人的な直感ですけれど、私、この絵が好きなんです」

 そう言いながら私が指し示したのは、世界的な知名度を誇るオランダの画家ヨハネス・フェルメールの作品『リュートを調弦する女』である。
 光の使い方の巧さで知られる彼の作品らしく、リュートという楽器の調弦をしている女性が窓から差し込む光に照らされている様が写実的な筆致で描かれている。
 女性が窓の外に顔を向けていること、あるいは彼女の体の正面に置かれた空席の椅子や壁に貼られた世界地図の描写から察するに、彼女は愛する男性を想いながらその訪れを待ち焦がれているのではないかと思わせてくれる絵だ。
 どこか不安げにも見える女性の表情を見つめながら、私はぽつりと口を開く。

「この女性はきっと愛する男性に演奏を聞いてもらえる日を心待ちにしながら調弦しているのでしょうけれど、何となく私たちピアニストの姿にも重なるところがある気がするんですよ。誰も見ていないところで、お客様の前で演奏する日への期待と不安で心をいっぱいにしながら、一生懸命に練習している私たちの姿と。そう考えると何だか女性に感情移入してしまって、彼女が愛する男性と再会して演奏の腕前を披露する日が、そして男性がそれを心から喜んで聞いてくれる日が、早く来たら良いなあと思うんです」
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