ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
 個人の勝手な解釈ですけれどね、と苦笑する私にレオはふるふると首を振る。

「素敵な解釈ですよ。私もこの女性の想いが報われてほしいと思います。でも……何だか不安な気持ちにもなる絵ですね」

 軽く唇を噛む彼に視線で続きを促すと、おずおずといった調子でキャンバスの右側の方を指し示してきた。

「ここに描かれている、もう一つの椅子。これが気になります。女性の正面に置かれた椅子が彼女の愛する男性のものだとしたら、このもう一つの椅子は果たして誰のものなのでしょうか。しかも男性の椅子は斜めに置かれていて、女性ではなくこのもう一つの椅子の方向を向いています。曲解だと言われたらそれまでですが、これではまるで男性の気持ちが女性ではなく別の誰かに向かっているみたいではありませんか? それでも男性の椅子ともう一つの椅子が向かい合っているならば気持ちが通じているようで多少は救われるかもしれませんが、もう一つの椅子はまた別の方向を向いています。そのすれ違いの構図が、無性に胸をざわつかせます」

 確かに、言われてみればかなり不穏な描写だ。
 男性の椅子はもう一つの椅子の方向を向いてしまっていて、それは彼が別の人に心を向けている暗示なのかもしれない。
 だがもう一つの椅子のほうはどうかといえば、男性の椅子の方向を向いておらず、薄暗い位置にあり、しかも画面に半分くらいしか収まっていないのだ。
 明るい光を浴びながら男性を待ちわびて切なげな表情を浮かべる女性に比べて、あまりにも存在感が希薄である。
 そのあたりから考えれば、もう一つの椅子の人物が男性へ抱く好意というものは女性よりも軽いか、あるいはそもそも全くない可能性さえありそうだ。
 男性がそうした事柄を正しく把握し、第三者への感情に惑わされず、一途に慕ってくれる女性の思いを受け取ってくれれば良い。
 だが、もしその選択に至らなかった場合はどうなるだろう。
 ……かなりこじれた事態になってもおかしくはないのではないだろうか。

「改めて考えると、深い絵ですね。新しい見方を教えてくださって勉強になりました」
「すみません、やたらと悲観的な解釈をしてしまって。もちろん、こんなのは全て杞憂で女性が愛する男性と結ばれるハッピーエンドでした、というのが一番良いとは思いますよ」

 レオは申し訳無さそうにそう言うと、重い空気を振り払うように話題の転換を図ってきた。

「さあ、次の絵に行きましょうか?」
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