ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
 私たちはその後もしばらく歩きながら絵を鑑賞し、いくつかの前では立ち止まって解釈について議論を交わした。
 私はただ絵が好きだというだけで詳しいわけではなく、つたない我流の解釈などつまらないと切り捨てられてもおかしくはなかったと思う。
 そのことは十分に自覚していたのだが、ありがたいことにレオは私が話す考えを決して否定をすることなく一言一言受け止めてくれた。
 そればかりか、ここはこういう考え方もできるのではと新しい視座から意見を返してくれたので、とても刺激的で楽しかった。
 いつの間にか時間を忘れて熱中してしまったようで、ようやく満足して館内から外へ出たときにはもう日が落ち始めていて地味に驚いてしまう。

「ごめんなさい。私の趣味で美術館に来ていただいたのに、さらにこんなに長時間付き合わせてしまって」
「いいえ、私も楽しかったので問題ないですよ。とはいえ、もうこんな時間ですから、もし他にも回りたい場所があるならあと一箇所くらいでしょうか」
「……そうですね。そうしたら一箇所、行ってみても良いですか? 少し見てみたいものがあって」

 そうしてちょうど目についたタクシーを拾って、走ること二十分ほど。
 着いた場所は、ポート・オーソリティ・バスターミナルと呼ばれる大きなバスターミナルである。
 全米はもちろんカナダなどに向かうバスもあり、世界屈指の利用者数を誇る。
 そんな場所になぜやってきたかといえば、別にバスを利用するためではなくて――。

「あっ、見つけました。これです! ストリートピアノ……!」

 駅などに誰でも弾けるように置かれているピアノ――俗に言うストリートピアノを、見てみたいと思っていたからなのだった。
 特に、このバスターミナルに設置されているピアノを。

「以前ここで私の恩師である唯川先生がピアノを弾いて喝采を受けたという話を聞いて、それ以来どんな場所なのか気になっていたんですよね。楽しかったと、最高の即興演奏会だったと、本当に嬉しそうにお話されていたので。……立派なピアノですね」

 本当ならば、先生と同じようにここで演奏してみたいなと思っていた。
 しかし、それは手がこの状態になる前の話である。今はとてもではないが人前での演奏など無理だろう。
 それでもこのピアノを先生が弾いたのだなあと感慨深くピアノの表面を撫でていると、不意にレオがぽつりと呟いた。

「……弾いてみても、良いと思いますよ」
「えっ?」
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