冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
椿さんは世界を股にかける久我ホールディングスのホテル王なんだもの。そりゃあ、出張が多いはずだ。お仕事なら仕方がない。
レジデンスに着いて車を降りようとしたとき、クールな表情の椿さんがわずかに口角をあげる。
「そんなに寂しそうな顔をしないでくれ。パリにいる間は電話をするよ。長い時間は取れそうにないけど、九月二十日の夜はちゃんと時間を作る」
ハンドルに両腕を乗せて、こちらへ視線を向ける彼の言葉に、目を丸くした。
私、そんな寂しそうにしてたかしら。
つい、無意識のうちに伝わっていたのが少し恥ずかしいな。
帰国前日の二十日はちょうど土曜日で、休暇を取っていた。私の仕事の休みに合わせてくれるつもりなんだろうけど、わざわざ時間をとってもらうのは申し訳ない。
私は大切にしてもらえるほど、愛されている妻ではないのだ。
「無理しないで。ひとりでも大丈夫だから」
気丈に返したとき、椿さんは、そっと頭を撫でて車を降りた。まるでペットを愛でる仕草に動きが固まる。