冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
話しかけてこないのは助かるけれど、動きや思考を探られているようで居心地が悪かった。
しかし、宇一さんはやはりプロだ。オーナーパティシエだけあって、技術の講習では抜群のセンスと実力を発揮している。
悔しいな。私はまだまだ彼には及ばない。
周りにいる人も全員自分よりも優れて見えて、期待に胸を膨らませていた明るい気持ちが、しゅんとしぼんでいく。
ああ、まずい。また嫌な癖だ。私を支えられるのは私しかいないのに、自分自身が才能を信じられなくなっている。
講習会は無事終えたが、気分は晴れない。
帰宅して、二十二時を回った頃、日課となりつつある椿さんとの電話タイムになった。
『どうした?』
何気ない会話の途中で、真剣な声に尋ねられる。
『何かあったのか』
「どうしてそんなことを聞くの?」
『声が違う』
胸が鳴って、温かい感情が染み渡った。
数分しか話していないのに、些細な違和感を感じ取った彼が信じられない。私を理解してくれているのが、仮面夫婦の夫だなんて。