冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 自分に自信を持って周囲を引っ張り、指示ができるのは、陰でそれなりの努力をしてきたからである。

 複雑な生い立ちで、久我家のレールを歩かされ、ときには自分の意志に反する仕事もしなければならなかった彼は、強くなければいけなかったんだろう。


『藍のスイーツの良さは、藍にしか出せないだろ? 自信を持て。周りよりレベルが低いなら、技術を盗む気で挑めばいい』


 重く沈んでいた心が、嘘みたいに軽くなる。

 椿さんは、いつも私の人生のどん底の場面にいて、その度に心を救ってくれた。電話越しの声が柔らかくて、本気で励まして寄り添ってくれているのが伝わる。


「ありがとう。そうよね、どんなときも前向きにいかなきゃ」

『それでこそ藍だ。魅力の込められた菓子で審査員を虜にしてやれ』


 力強い後押しに頷いたとき、ふと思い出したような声が続く。


『そうだ、約束をしていた九月二十日なんだけど……』

「二十日? ゆっくり時間をとってくれるって言っていた日よね? なあに?」

『いや、やっぱりいい。なんでもない』


 はぐらかす彼はクールな口調を崩さない。ポーカーフェイスで足を組んでいる姿が容易に想像できる。


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