冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
「ボックスオフィスでのチケットの引き換え方は分かるか?」
「はい。本当にありがとうございます」
なにかお礼ができないかとバックの中を探す。入っていたのは、間食用に買っておいたアンジュのクッキーだ。
「すみません。これしかないんですが、良かったら受け取ってください」
ラッピングされたクッキーを差し出され、彼は少し驚いていたけれど、すぐに涼しげな微笑を浮かべる。
「ありがとう。アンジュって、日本じゃ有名な洋菓子店だろ? 俺、好きなんだ。三年前に食べたパウンドケーキが忘れられなくてさ」
何気なく告げられた言葉だったのに、自分でもびっくりするほど胸に沁み渡った。
三年前は、ちょうど私が働き始めた歳だ。当時は卵割りなどの材料の下ごしらえしかやらせてもらえなかったけど、パウンドケーキを主に任せてもらっていた自分にとって、偶然出会えたファンの存在が何よりも嬉しい。
ショックな出来事があってアンジュを辞めてから、作ったお菓子の向こうにある、お客さんの笑顔と心を想像できずにいた。
スイーツ作りに前向きになれなかった気持ちが、羽のように軽くなって舞い上がる。心が温かくなって、なんだか泣きそう。