冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 思わず店に入ると、店員さんに声をかけられる。


「いらっしゃいませ。おひとり様ですか」

「あ、えっと」


 いざ、乗り込む勇気はなかった。

 椿さんを信用しているのに、連絡をくれなかった些細な不安が足を縛る。

 結局、三メートルほど離れた席に通されて、こっそり様子をうかがう。向こうはこちらに気づいていないけれど、会話も聞き取れない距離だ。

 私はなにをしているんだろう。こんな、情報収集をする探偵みたいな真似をしなくても、はっきり椿さんに聞けばいいのに。

 でも、「私以外の女性と、ふたりきりでなにをしてるの?」とプライベートまで管理をする立場ではない。

 仮面夫婦の間は、“互いのプライベートには干渉しない”という掟がある。勝手に情報を聞きつけて来た上に、聞き耳を立てているのがバレたら怒られるかしら。

 それよりも、彼が日本にいるのが信じられない。今でも良く似た別人じゃないかと疑うほどだ。

 しかし、それは紛れもなく椿さんで、背中を向けているため表情は見えないが、瑠璃川さんとも会話が続いている様子である。

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