冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
まさか、ばったり鉢合わせてしまうとは想定外だ。油断していた。
声も出せずに見つめていたとき、彼女は全てを察してため息をつく。
「その様子じゃ、私と椿に気づいていたんでしょう? 邪魔をしにきたの?」
「そ、そういうわけじゃ」
「そうよね。うわべだけの妻が、椿のプライベートに首を突っ込んでいいはずないものね」
気にしていたところを突かれて、息が詰まった。敵意剥き出しの大きな瞳が、私をまっすぐ映す。
「まだ帰さないから。ストーカーが済んだら、さっさと帰ってくれる?」
すれ違い様に肩をぶつけられて、ショルダーバッグを床に落とした。
散らばってしまった中身を急いで拾う私は、自分がみじめで恥ずかしくて居た堪れなくなる。
なにも言い返せない。私は、政略結婚で婚姻届に名前を書いただけの関係なのだ。
その場から逃げ出すように店を出た。放心状態で電車に乗る間も、心臓がバクバクと鳴っておさまらない。