冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 モヤモヤが、いつのまにかイライラに変わっていた。それは平気で嘘をつかれたのが悲しかったからだ。

 つい、語気が少しだけ荒くなる。


「私に隠したい事情があるなら無理に聞かないけど、嘘はついてほしくなかった」

『どういう意味だ?』

「日本にいるんでしょう? どうして誤魔化すの?」


 一度飛び出した言葉は止まらなかった。椿さんの返事を聞く前に、思いが溢れる。


「瑠璃川さんと会っているのよね? 一緒にいるんでしょう?」

『どうして瑠璃川のことを』

「食事をしているところを見たの。直接話もしたから、彼女に聞いたらわかるわ。帰らなくてもいいわよ。椿さんがなにをしたって、浮気でもなんでもないんだし」


 そのとき、椿さんの声が急に低くなった。


『今の、冗談だよな』

「なんの話かしら」

『帰らなくてもいいって、本気なのか』


 目の前にいなくても、彼がどんな顔をしているかわかる。怒りを漂わせた鋭く冷たい表情だ。

 心にもないセリフで、言ってはいけない一線を越えてしまう自覚はあるけれど、もう後にも引けない。


「本気よ。だって私たち、愛し合っている夫婦じゃないんだもの」


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