冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
そのとき、彼は腕時計を見て口を開いた。
「さてと、そろそろホテルに戻るかな」
「ホテル? 目的地が同じなら、あなたも観劇する予定なんじゃ……」
「ああ、仕事が入っていたのをすっかり忘れていたんだ。君を乗せている間に思い出した」
たしかに、コートから覗く襟元はスーツだ。今日は平日だし、もしかして、気を遣わせないようにプライベートを装って送ってくれたの?
とんでもない迷惑をかけてしまったと察して、急いで被っていたヘルメットを脱いで渡す。
あまりにも焦っているのが伝わったのか、彼はクールな表情から少しだけ口元を緩ませた。
「悪い。せっかく可愛い格好をしてるのに、ヘルメットのせいで髪が乱れたな」
長い指がこちらへ伸ばされて、風に吹かれた顔の横の髪を優しく耳にかけられる。
手袋越しに耳に触れた指の動きと、口説き文句に近いセリフに、心臓が大きく鼓動する。
おそらく無意識だろうけど、彼は出会った時から、ずっと私を女性扱いしてくれた。
『隣を歩くのも勘弁』『アレが彼女はキツい』なんて言われても、仕方がないと傷つくしかなかったコンプレックスの塊を、ありのままで認めてくれたんだ。