冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
お互い、仮面夫婦だと理解しているがゆえに、行動にストッパーがかかったのだろう。相手を優先しすぎて、あと一歩が踏み出せない。その焦ったい気持ちはよくわかる。
樹さんの話では、椿さんは昨日は辰巳さんが別荘として所有している都内の家に泊まって、今日、レジデンスに帰ってくる予定だったらしい。
「正直、長居をされると困る。俺のプライベートは全て美香との時間なんだ。うちも籍を入れて三年の新婚なんでね」
「す、すみません」
「藍さんが謝る必要はない。まあ、結構面白い状況だよ。あの椿が、本命の女性に振り回されている姿なんて初めて見る」
耳を疑う返答に、言葉が詰まった。
ぽかんとしている私に、信号で車を止めた樹さんは、流し目で続ける。
「本来、自信家で気まぐれで、縛られた人生に反発しながら自由な風のように生きてきた椿が、ひとりの女性にどう思われるかを考えて行動するなんてあり得ないんだよ」
どくんと胸が音を立てた。
もし、樹さんが言っているのが本当なら、椿さんが私を好きになったという意味でとらえられるけど、信じられない。