冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 根拠のない期待をして傷つくのが怖い。それでも、椿さんとちゃんと話したい。

 やがて、樹さんの自宅に着いた。セキュリティのしっかりしている高層ビルのエントランスをくぐると、高層階の居住エリア専用のエレベーターがグングン上昇していく。


「私が来ることを椿さんは?」

「知らないよ。驚くだろうな」


 さらりと告げられて緊張が走る。面と向かって喧嘩になったらどうしよう。会って伝えたい言葉はたくさんあるのに、初めになんて声をかければいいのかわからない。

 鍵を開けて、部屋に入った。廊下を進んだとき、リビングから声が聞こえてくる。


「せっかくの誕生日なんでしょう? 藍さん、きっと待っているわ」

「さすがに今日は出ていくよ。連日、新婚の邪魔はできない」


 身内である気の知れた仲の会話だ。

 ランコントルホテルでハウスキーピングとして働く美香さんとは、樹さんも交えた四人の会食で、一度だけ顔合わせをしたことがある。

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