冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした

 言い表せない幸せと温かさを感じていたとき、スーツの胸ポケットから取り出した名刺を渡される。


「変な男に絡まれたり、スマートフォンの画面が割れたり、運が悪かったな。せっかくの旅行なら、次回来たときにでも、ぜひランコントルホテルに泊まってくれ。素敵な思い出だけプレゼントするよ」


 “久我ホールディングス ランコントルホテルニューヨーク事業EAM 久我 椿(くが つばき)

 
 ランコントルホテルといえば、世界を股にかける久我ホールディングスの傘下にあり、日本でも非現実を味わえると有名な高級ホテルだ。

 アメリカでは、今のところニューヨークのみに建てられているが、さらに様々な都市へ進出する勢いである。

 部屋はどこもリッチでシックな家具で統一されていて、気配りの良い一流のスタッフがもてなしをしてくれるので、特別な記念日を過ごすにはもってこいだと口コミが人気だった。

 彼がランコントルホテルの従業員だとは想像していなかったわ。久我ホールディングスの経営を担う一族と同じ名字なのは、ただの偶然かしら。


「それじゃあ、良い旅を。I’m looking forward to talking with you」


 流暢な英語で『また話せるのを楽しみにしている』と言い残した彼は、軽く手を振って颯爽と去って行った。

 一瞬の出会いが、まるで幸せな夢だったような感覚になる。


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