冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
声を上げたのは私だった。
初めて下の名前で呼ばれたとか、そういうのを気にする以前に、爆弾発言の衝撃が大きい。
この状況で、素直に驚きの叫びを出してしまったのはまずかったのかもしれないけれど、瑠璃川さんは私以上に動揺している。
「妻? 妻ですって? 聞いていないわよ、そんな話」
「いずれ、社交会で耳にするでしょうし、親族でもない瑠璃川さんに、わざわざお伝えする義務はありませんから。俺が日本に戻ったのは、藍と籍を入れるためです」
淡々と説明する様子は、嘘をついているようには見えない。
表情はにこやかでも、容赦ない口調は凛としていて少しの迷いもなかった。
「藍」
名前を呼ばれて顔を上げたとき、自然に片手を頬に添えられた。端正な顔が傾いて、目の前に影が落ちる。
唇が触れる前に親指が差し込まれ、彼は自分の指に口付けをしたが、瑠璃川さん側からは、目の前で熱いキスをしたように見えただろう。
小さな水音とともに離れた久我さんは私の後頭部を抱き寄せて、彼女から隠す姿勢で言葉を続けた。
「これからは夫婦の時間なので。仕事の連絡ならいつでもどうぞ」