冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 椿さんの乗るセダンタイプの黒い外車は、エレガンスで洗礼されたデザインだ。柔和な物腰ながらも、クールで高潔なオーラがある彼にぴったりの愛車である。

 しかし、私が気になるのは、ニューヨークで乗せてくれた大型の黒いバイクだった。

 日本には持ってきていないのかしら。それとも、五年前よりもさらに責任のある立場になって、あらゆる安全性を考えた末に通勤スタイルを変えたのかな。


「あの、椿さん」


 無線の設定をしていた彼が「ん?」とこちらを振り向いた。喉まで出かかった言葉が、どうしても引っかかる。


「ううん、なんでもない。お昼はどうする?」

「今日はデリバリーを頼むか。藍の好きなものを選んでくれ」


 結局、私はまだ王子様との出会いを忘れられないんだわ。

 誤魔化した会話が交わされた後、椿さんがカバンからあるものを取り出した。

 ネイビーブルーの上質な箱に入っていたのは、マリッジリングだ。アメリカ屈指のジュエリーブランドで、使い勝手の良いシンプルなデザインである。

 リングの中央に輝く小さなプリンセスカットのダイヤモンドを見た途端、心臓が飛び出そうになった。

 ため息が出るほど綺麗だけど、愛のない政略結婚である私にはもったいなさすぎる。


< 43 / 202 >

この作品をシェア

pagetop