冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


「こんなに素敵な指輪を、わざわざ用意してくれたの?」

「俺が好みで選んだんだ。気に入らないか?」

「とんでもない。ここまでしてもらうのは申し訳なくて」

「俺の人生に縛り付ける償いとでも思ってくれ。無理につけなくてもいいから」


 こんなにあっさりとした新婚がいるだろうか。マリッジリングが左手の薬指にはめられて、急に結婚の実感が湧いてくる。

 食事も寝室も共にしない仮面夫婦生活は、こうして幕を開けた。名字が久我になったことで、勤めるカフェの従業員たちは、馴れ初めから根掘り葉掘り聞いてきて大騒ぎである。

 愛のない政略結婚だとは言えないため、元々家の付き合いがあり、「良いご縁があって」と濁すしかない。

 また、それ以上に沸いていたのがランコントルホテルの女性社員だ。


「見た!? 椿さんの左手!」

「指輪してるわ! 薬指!」


 目の保養となっていたアメリカから来たエリート若手上司が既婚者となった事実に、阿鼻叫喚ばりの反応である。

 隠しているわけではないものの、面倒な事態を避けるため、相手が私だという情報はあまり公にされていない。


「唯一残っていた久我一族のホテル王を、どこのセレブ女がかっさらったの!?」

「もしかして、ニューヨークの金髪美女だったりして」


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