冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 あらぬ方向へ膨れ上がっていく噂は、聞こえないフリをした。

 垢抜けない黒髪の没落令嬢ですよ、なんて口が裂けても言えない。

 車で同時に出勤する日もあったが、カフェの仕込みが早いため、私が先に出る朝が多かった。夜は定時近くに上がれる一方で、椿さんは残業が多く、結局すれ違っている。

 帰った後に、ひとりの時間が優雅に取れるのはありがたいけれど、広すぎる家ではなんとなく寂しさもあった。

 そんな生活が一週間過ぎて、六月十日、梅雨の時期に差しかかった頃だ。

 夕食に味の濃いスパイシーなチキンを食べたからか、珍しく夜中に目が覚めた。喉が渇いて寝室を出ると、リビングダイニングルームに明かりが灯っていると気づく。

 椿さん、残業から帰ってきたんだ。時刻は十二時? 十時ごろには戻るって連絡が来ていたのに、まだ起きているのかしら。

 翌日も早くに出勤する予定だった。

 キッチンはリビングダイニングルームに近接しているので、音を立てないように覗く。


『ああ。そのリストなら執務室の棚にある。パソコンでデータも残してあるから、チェックしてくれ』


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