冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
流暢な英語で電話をしているらしい。内容は仕事の話みたいだ。丁寧に相槌を打ちながら、部下に指示をしている。
『任せて悪いな。新拠点の目処が立ったら、ニューヨークにも顔を出すから』
スマートフォンを耳から離し、画面を操作した仕草で、通話が終了したのを察した。
小さく息を吐いている椿さんは、少し疲れているようだ。
「お帰りなさい」
おずおずと声をかけると、一瞬驚いた様子の彼は振り向いて目を丸くした。
やがて「ただいま」と返して、ややうつむく。
「悪い、起こしたか?」
「ううん。ちょうど喉が渇いて、水を飲むところよ。お仕事の電話?」
「ああ。ニューヨークの経営を代わりにやってもらっている副総支配人からだよ。新体制になってから日が浅くて、たまに仕事の進捗を確認しているんだ」
ニューヨークとの時差は十四時間。つまり、今はちょうど昼間の十四時である。
十五時からのチェックインで忙しくなる前に電話をするのがちょうどいいのかもしれないが、毎回都合をつけるのは大変そうだ。