冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
話を聞くと、ニューヨークのランコントルホテルで、ある客とトラブルが発生したらしい。
年配の女性は、毎年記念日にエグゼクティブルームを予約していて、いわゆる常連のお得意様だ。
亡くなった旦那さんからプロポーズをされた思い出の部屋でシャンパンを開けるのが恒例だそうだが、今年は経営の引き継ぎがうまくいかず、すでに予約が埋まっていたために相当腹を立ててしまったという。
「スタッフが、責任者を出せって詰め寄られたらしい。連日フロントに来るそうだ。毎年対応して挨拶していたのは俺だし、早く気づいて確認していれば、こんな事態にはならなかった」
「そんな。椿さんのせいじゃないでしょう」
「それでも、上に立つ者として、部下のフォローはしないといけない。あのマダム、ニューヨークに設立した当時からのとても大切なお客様だから、無下にできないんだ」
彼はキャリーバッグに手慣れた様子で着替えを詰め、取っ手を伸ばした。
もしかして、本当にすぐに出る予定なの?
「今から移動って、飛行機の手配とか大丈夫?」
「幸い、樹がビジネスジェットを持っているんだ。もう連絡はついている」
ビジネスジェット! さすが世界を股にかける久我ホールディングスと唸るしかない。