冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 従兄弟である副社長とは、椿さんが現地へ向かうことで話が決定しているんだ。

 慌ただしく玄関を出ていく椿さんとすれ違ったとき、はっとして呼び止める。手渡したのは、お直し用に、メインとは分けてカバンに入れている化粧ポーチだった。


「謝罪に行くなら、顔色を良くした方がいいわ。目の下にも少しクマが出来てる。コンシーラーが入っているから好きに使って」

「ああ……ありがとう」


 ひらりと手を振って、スーツの彼が扉の向こうに消えていく。

 こんなもので助けになるとは思えないけれど、全てをひとりでなんとかできる実力がある故に抱え過ぎてしまう彼の力になりたかった。

 私は、妻として何ができているのだろう。

 仮面夫婦でいようと決めたとしても、最低限、夫の支えにならなくては、養ってもらうだけのお荷物だ。

 ニューヨークへ向かった椿さんを常に頭の片隅におきながら、そわそわと落ち着かない日々を過ごす。

 事態の収集がついたのは、三日後の夜だった。

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