冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
満身創痍の彼に、おずおずと告げる。
「要らないかもしれないけど、一応ご飯も用意してあるよ。お風呂も沸いてる」
すると、彼は一瞬だけ、張り詰めていた緊張が緩んだように、ほっとした表情を浮かべた。すぐにクールな微笑に戻るけれど、その声色は優しい。
「助かる。先に風呂に入るよ」
迷惑かもって心配したけれど、準備して正解だったみたい。
ネクタイを緩めて自室へ向かう背中を見送ってから、作っておいた煮物を温め直す。
幼い頃からニューヨーク育ちらしいけど、顔合わせのときに、母親の辰巳さんは日本料理をよく作ると話していた。日本食が恋しいだろうと思って、あえて和食にしたけど、口に合うかしら。
落ち着かないで待っていたが、四十分経ってもなかなか風呂から上がってこない彼に、違和感を感じた。
だいぶ遅いわ。いつもは十五分ほどで出てくるのに、さすがに時間がかかっているような。
浴室の様子をこっそり窺う。曇りガラスの向こうは、シャワーの音がしない。
「椿さん?」