冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
コンコンとノックをしてみたものの返事はなく、ますますおかしい。
最悪の事態を想像して、血の気が引いた。
勢いよく扉を開けた瞬間、品の良い爽やかな石鹸の香りに包まれる。
彼が好んで使っている入浴剤がバスタブの湯に溶けていて、濁り湯に浸かっている椿さんは目を閉じたまま動かない。
「つ、椿さん!?」
後頭部をバスタブのふちに乗せたまま、仰向けに顎を逸らす彼に駆け寄り、大声で名を呼んだ。
すると、心配をよそに目を覚まして、ぼんやりとこちらを見つめる。
「……まずい……寝落ちた」
急に上半身を起こした彼に、つい目を奪われた。
しなやかな筋肉がついた首筋をたどると綺麗な鎖骨が続いていて、細身のスーツ姿からはわからなかった案外たくましい胸板が濁り湯から覗く。
そのとき、あろうことか、彼はバスタブに手をついて湯から上がったのだ。視線を逸らす間もなく、程よく筋肉のついた上裸が視界に飛び込む。