冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
夫とはいえど普段から必要以上に近づきはしなかったし、そもそも男性にあまり免疫がないため、混乱と羞恥で動揺が隠せない。
驚きで呼吸が止まりながらも、急いで背を向けたとき、浴室に気だるそうな低い声が響いた。
「悪い、食事は明日の朝にいただく」
何事もなかったかのように、ひたひたとタイルを歩いて出ていく。
一方、今までの距離感をぶち壊す衝撃を受けた私は、足音が遠ざかっても、しばらくその場から動けなかった。
寝ぼけていたから、あんなに無防備だったの? それとも、意識もしていない私に見られたところで関係ないって思ってる?
冷静で余裕のある大人な性格だけど、誰もが見惚れる危うい色香をまとっていて、演技派で自由人なところもあって、初めて見る一面が出てくる度に惑わされる。
私は久我 椿を知らなすぎるんだ。この世で、一番夫のことがわからない。
次の日の朝、なんとなく寝不足気味で自室を出ると、完璧にスーツを着こなした彼がダイニングの椅子に座っていた。
優雅にコーヒーを飲む姿が理解できず、動きが止まる。