冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 優しく振り払われて、心の読めない微笑の仮面が視界に映った。


「心配してくれるのか? こういうのは慣れているから、気遣いは必要ない」


 この人は、また誤魔化してひとりで抱え込む。人当たりが良くて周りには甘いくせに、誰にも頼ろうとしないで辛さを見せない。

 再び歩きだそうとした姿に、意思が決まった。

 行く手を阻むように回り込み、壁ドン状態で囲い込む。ギョッとして固まる椿さんに、勢いよく言い放った。


「カフェインをとって無理しようとしても、今日は行かせません! 昨日、浴室で溺れそうになっていたのは誰!」


 部屋が静まり返り、ふたりの間に、なんとも言えない戸惑いの空気が漂う。

 初めて面と向かって主張して、やっと、ちゃんと目が合った気がする。

 向こうが呆気に取られている隙に、腰に軽く抱きついて体を引っ張った。


「ベッドに戻って。抱っこで運ばれたいならそうするけど?」


 くっついたまま、数秒の時が流れる。こっちは眉を寄せて一歩も引かない。


「……持てないだろ? 自力で行く」


< 56 / 202 >

この作品をシェア

pagetop