冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
折れたのは椿さんだ。
スーツのポケットからスマートフォンを出した彼が、久我ホールディングスの副社長兼、都内に建つランコントルホテルの総支配人でもある樹さんに電話をかけると、あっさり年休の許可が降りた。
むしろ、出張の翌日はもともと休みの予定で仕事を組んでくれていたそうだ。
椿さんを自室に送り込み、出勤の前に改めて顔を出す。
素直に寝巻きに着替えてベッドに潜っていた彼は、私が側に歩み寄ると視線だけこちらへ向けた。
「野菜炒めとか簡単なものを作っておいたから、気が向いたら食べてね。私が帰って来たときにパソコンで仕事をしてたら、ちょっとだけ怒るわよ」
反応を窺いつつ冗談まじりに告げたとき、予想よりも怒っていないらしい彼がつぶやく。
「藍って、もっと控えめで自己主張がない性格だと思いこんでいたけど、意外と芯が強いんだな。叱られるとは想像していなかった」
「自分でもびっくりよ。こんなお節介を焼くつもりじゃなかったから」
「いや、お節介じゃない。大きなミスがあって気が張っていたせいで、限界を見誤ってた」