冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
沸点を超えた瞬間を初めて目の当たりにした。
流石に、プライベートの領域を踏み荒らす失礼な令嬢へキツいお灸を据える気になったらしい。
最後の満面の王子様スマイルではフォローしきれない怖い顔をされて、瑠璃川さんもだいぶショックを受けたようだ。
今、久我 椿という男の真髄を見た気がした。柔和な物腰ながら、胸の内には獰猛な獣を飼っている。敵にまわしたら震えるほど怖い。
二重人格というより、しっかりケジメをつけなければいけないときに自分を強く持っていられる、余裕と厳しさをあわせ持つ男性なのだ。
叱られた彼女は大きな目を潤ませているものの、椿さんは私の手を繋いだまま背を向けて、振り向きもせずに歩きだす。
「あんたのせいよ! あんたがたぶらかしたせいで、椿がおかしくなったじゃない! この泥棒猫!」
背後から怒りと憎しみの込められた呪いの叫びが聞こえたが、椿さんが足を止めなかったので、反撃も出来ずにその場を立ち去った。
ふたりとも無言でハルナホールディングスの本社ビルを出て、駐車場に停めてあったセダンタイプの黒い外車に乗り込み、扉を閉める。
椿さんはエンジンをかけない。
うつむく私を気遣う視線を感じた。