冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
「……ふっ」
小さく笑った私に、彼は驚いたようだ。一方のこちらは込み上げる気持ちが抑えきれない。
「泥棒猫だなんて、初めて言われた。結婚したとはいえ、椿さんの心を奪ったわけじゃないのに、私が悪者なのね」
ドラマや漫画でしか聞かないであろうセリフを浴びせられるとは予想していなかった。
瑠璃川さんの中では、ずっと付き合いがあり、恋愛感情も寄せていた憧れの男性を、ぽっと出の格下女に取られた気分なのだろう。
そりゃあ気に入らなくて当然だ。
お互い好き合っている新婚夫婦だったら、椿さんの過去や本気で愛されていないという現実に傷ついていたかもしれない。
でも、私は違う。大切にして欲しいと願うことすらおこがましい、政略結婚の仮面夫婦は、そんじょそこらの罵倒では揺るがない特別な縁で繋がっている。
長い指が隣から伸びて、頬に添えられた。横を向くように導かれ、視線が交わる。
「泣いているかと思った」
「私が? そんなに弱くないわよ」
「ああ。知ってる」