冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 いないと思っていた父親が突然現れて、ニューヨークで英才教育を叩き込まれた過去を知り、胸が痛くなる。

 久我一族の血を引く息子として、友達と離れてアメリカに移り住んだ幼い椿さんは、どれほどの孤独を抱えていたのだろう。

 愛が無価値だと言い切る彼に、温かさを教えてあげたい。

 仮面夫婦の私では荷が重すぎるかもしれないけれど、どこでも気を張り詰めて営業モードが常になっている彼に、心安らぐ場所を作ってもらいたい。

 同情とは別の、不確かで柔らかい感情が芽生える。この気持ちはなんだろう?


「俺は誰のものにもなった記憶はない。ただ、藍にだけは飼われてもいいと思った」


 例えるなら、血統書付きのくせに、愛されずに捨てられた誰にも懐かないノラ猫が、自らすり寄ってきた気分だ。

 この抱擁は、いっときの気の迷い?

 必要以上に踏み込むのが怖くて、壁しかなかったけれど、今は温もりを感じていたいと素直に思える。

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